ソチョン(西村)の24時間を書き記している。朝と午後、そして夜のソチョンに分け、それぞれの時間を守り抜いてきたお店を集めてみた。三つ目のお店として、ソチョンの夜を照らすスペイン料理店「ゴミス(CALLE DE GOMIS)」を紹介したいと思う。
「ゴミス」を簡単に紹介してください。
「ゴミス」は言葉の通りにカイェ・デ・ゴミス(道)という意味です。ゴミスはバロセロナに実際にある道なんです。バルセロナに大きな山があって、その山の麓の方から海に向かっている道です。私と妻が住んでいた家があった道でもありました。目の前に地中海が広がっていて、見晴らしが良かったです。
奥様ともそこで出会ったんですか?
出会ったのはもっと前ですが、初めて一緒に暮らし始めた場所がカイェ・デ・ゴミスでした。バルセロナで2年暮らしてた時すごく良かったんですよ。スペインのことが大好きで、私以外にもスペインが大好きな人はたくさんいるんだろうなと思って、そういう方々とスペインを共有できる空間を造ってみたかったんです。
スペインを共有できる空間とは?
私がスペインを好きな理由はたくさんあります。サッカーもそうですし、好きなテニス選手がスペイン人だということもあります。スペイン人のほとんどがカトリック教徒なんですけど、私もそうなんです。重なり合う部分が多かった。そんな理由からこの空間を造るに至りました。
食べ物とお酒というコンテンツを通して、たくさんの人とスペインを共有しようと思われた理由をお聞かせください。
お酒を飲むと話も弾みますし、打ち解けやすくなります。スペインもそうですけど、ヨーロッパやアメリカでは広場文化、バー文化、パブ文化などがすごく発展していて、朝からたくさんの人々がビールやワインを飲み交わしながら盛り上がっています。皆がみんな楽しんでるというわけではないんだろうとは思いますが、部外者の私から見た限りではみんな楽しそうでした。私もそこでかなりの時間を過ごしたんですけど、すごく楽しかったですね。韓国とは正反対の文化で、韓国人には到底出来ないことですよね。
ゆとりを感じる暮らしですね。
そうですね。豊かでなくても、たしかにゆとりがあるように見えました。
ソチョンという町を選ばれた理由はなんですか?
ソチョンの話しは少し長くなるかもしれません。現在の妻とスペインで暮らしていた途中で韓国に帰って来ました。帰国してからは妻も私も仕事を探していました。私は帰国するって決めた時から、韓国でスペイン料理のお店をやるつもりだったんです。スペイン料理のお店で働きながらお店を開く準備をしようと思い、働けるお店を探していました。結局のところ、私はサムチョンドン(三清洞)にあるレストラン、妻はクァンファムン(光化門)にある大韓民国歴史博物館で働くことになりました。仕事も決まったので、家を探すことになりました。二人ともカンナム(江南)はどうしても嫌だったので、カンブク(江北)の端の方にあるオクス(玉水)に行きました。実はソチョンにも来ていたんですけど、そのままホンジェ(弘済)の方に向かいました。でもいざ来てみるとホンジェ(弘済)で暮らすのは無理かなって思えてきて、ソチョンに戻りました。町の雰囲気が気に入ったというんですかね。不動産も何カ所か回ってみたんですけど、なかなか物件がありませんでした。それで帰ろうとしていると、不動産の方から「ハノク(韓屋)が一つあるんですけど」と言われまして、そうこうしているうちに契約することになりました。2013年度に契約したので、ソチョンに住み始めてかれこれ7年になります。当時の不動産屋さんに言われたことなんですけど、未だに鮮明に覚えていることがあります。「ここは高いよ、他の町より。」最初の一言がそれでした。
そんなこんなでトンインドン(通仁洞)のこぢんまりとしたハノクに住み始め、現在はオクインドン(玉仁洞)とスソンドン(水聲洞)の境に住んでいます。ソチョンにはここでしか味わえない雰囲気があるんです。プクチョン(北村)にもお店をオープンしたんですけど、ソチョンとは全く違った雰囲気です。どう説明したらいいか分からないんですけど、ソチョンには地元感があるというか。プクチョンは立派な観光地なんですよね。プクチョンに暮らしている住民の方々が、観光客のせいで騒音被害にあっているってよく言うんですけど、本当にそうだと思いますね。あまり人は多くないですが、ソチョンが賑やかな町であることは確かです。観光客の方は多くないんですけど、昔から賑やかではありました。地元感が漂う町で、住民の方々もあまり遠出はしません。最近どんなに遠くまで外出したかと町に聞くと、教保文庫(クァンファムンにある書店)が一番遠い場所だったりします。そこまで行けば、大体のことは解決するんです。それ以上の遠出は少し疲れます。慌ただしいですし、ミョンドン(明洞)なんてうるさくて絶対に無理だってみんな言うんですよ。直線距離だと、3kmにも満たない所にあるんですけどね。それだけソチョンという町を愛しているんだと思います。そういう町に暮らしているせいか、いつの間にかここに来て7年が経ちました。新婚で新居を構えたのもソチョン、二人の子供が生まれ育った町もソチョンです。この町を離れたいとも思いません。
こういう雰囲気の町ってなかなかないですよね。
ないですね。私は今40代なんですけど、子供の頃に暮らしていた町の雰囲気がするんです。すでにかもご覧になられたかもしれないですけど、路地裏なんかで子供たちが走り回ったりしています。昔を思い出すんですよね。そういうところもこの町が好きな理由の一つかもしれません。
それでは、次の質問です。お店の所々に施されたインテリアがとても素敵で、こだわりや愛情のようなものが伝わってきます。お店をオープンされるまでに様々な苦労があったと思いますが、ご夫婦のこだわりをお聞かせください。
お店のこだわりは、私のこだわりだと言っても過言ではないかと思います。妻はあまりこういう感じが好きじゃないんです。散らかっている感じがして嫌だっていつも言っています。少し話がそれるんですが、私と妻はお互いのことにはあまり干渉しません。何をしようがお互い自由です。このFCバロセロナのマフラーはお客さんからの貰い物です。ソチョンにはサッカーマニアの方が結構いて、メッシ選手のポスターも頂いたものです。ヨーロッパに行くとそれぞれの地域にあるサッカーチームを生涯かけて応援する文化があります。実際に目にするまでは、ヨーロッパ人はサッカー好きが多いんだってくらいに考えていました。現地で暮らしてみて分かったんですけど、サッカーが生活の一部なんですよ。バルセロナにはRCDエスパニョールとFCバルセロナという二つのチームがあるんですけど、チームを応援することが大人の生活の一部になっているので 、自然と彼らの子供たちの生活にも影響を与えていくんです。
向こうではそれが当たり前なんですよね。羨ましいと思いました。好きになれるものが当たり前のように日常に溢れているじゃないですか。私たちの場合は必死になって探さないといけない。こんなことやってみたいな、どうすればいいんだろうって悩まないといけないですし、見つけないといけない。でもバルセロナでは当たり前に溢れていて、それをやればいいんです。とても心地よい感じがしました。楽しめるコンテンツの数が多いんです。そういう生活が日常になっている。私も当たり前のようにサッカーが好きになりました。スペインでは最近韓国で流行りのシェアハウスみたいな暮らし方をしていたんですけど、カタルーニャ地方の人が多くて彼らにすごく影響を受けました。韓国にいた頃からバルセロナという地域は好きだったんですけど、向こうで生活しているうちにサッカーも自然と好きになりました。ここにある応援用のフラッグやカタルーニャの独立旗は、カンプ・ノウスタジアムに行くとタダで貰えるものです。こういう物が一つ、また一つと増えていきました。当時の思い出がぎっしり詰まっているので、お店に飾ってみました。
お子さんにも、生活の中で夢中になれる何かを与えてあげようとするほうですか。
私から強要することはないですね。強要という言葉からふと思いついたことがあります。私はカトリックの信者なんですよ。妻もそうなんですけど、子供たちには教会に行くことを絶対に強要しません。いつか自分で決めることですから。私はいつも通りに生活するだけです。それを見た子供たちがどう考え、どう決めるのかは子供たちの自由です。宗教以外のことについても無理にさせたりはしません。ただ、その土台は作ってあげようとしています。私はテニスをしているんですけど、年に一度ぐらいは一緒に行くこともあります。色々なことを経験しながら育って欲しいと思っていますね。
この絵(ティッシュに描かれたキャラクター)は直接描かれたんですか?
妻の妹に描いてもらいました。義妹たちがみんなソチョンに住んでいるんですけど、すごく嫌です(笑)、冗談です。イラストレーターの仕事をしていて、お店を始める際に描いてもらいました。メニューの絵は私が描きました。義妹にもお願いしてみたんですけど、これだって思えるような絵じゃなくて。修正してもらったりもしたんですけど、満足できるような絵にはなりませんでした。費用もやはりかかってくるので、「こうなったら自分の力で!」ってノリで描きました。
美大出身なのかなと思いました。
全然違います。工学系の大学を卒業しました。
ソチョンは他のところに比べて個性が強い町だと思います。そこにはどんな理由があると思いますか?
難しい質問ですね。ソチョンという町の人気が高まるにつれて、そういう方々が町に移ってきたとも考えられると思います。だとしてもソチョンには古株の方も多いんですよね。ただ単純にこの町が好きで来たという方もたくさんいますし。反対にソチョンを離れて行く方もたくさんいると思います。私の知る限りでも、腕のいい多くの方々がすでにソチョンを離れて行かれました。
単純に町が好きで来たという方もいれば、商売目的で来た方もいると思いますし、説明が難しいんですけどこの二つのケースが多いのかなと思います。ソチョンに暮らしてきた地元の方がお店を構えるケースも結構ありますね。でもよく分からないのは、個性的なお店はいくらでも他の地域でもやっていけると思うのに、家賃も高いソチョンにあえてお店を構えたりします。そこにはやっぱり、この町が好きだという根本的な理由があるのかなとも思います。私もそうだったんですよね。ソチョンに残るべきか、離れるべきか何度も悩みました。高い家賃に対して来客数が多いわけでもなく、人が集まってくる町でもない。平凡な住宅街そのものなんです。それでも離れられないのは、ソチョンにしかない魅力があるからなんだと思います。
朝から営業をしているお店が少ない気がしますが、これも他の町にはあまりないソチョンの大きな特徴の一つですよね。
ヨーロッパみたいな町なんですよ。
余裕が感じられます。
朝の開店時間は遅くて、夜の閉店時間は早いですね。
社長も生活の中で余裕を大切にされているほうですか?
そうですね。子供が二人いるんですけど、いつも遅くまでお店にいるので一緒にいられる時間が少なくて。そこは胸が痛いです。朝の時間帯は閑散としている町なので、営業時間も自然とそうなったのかなとは思います。それにソチョンでお店を経営されている店主さんは金銭的に余裕のある方も結構いるので、こういう流れになったんじゃないですかね。自分を大切にしている方が多くて、お店の運営に対しても切羽詰まった考え方をしている人は少ないです。お店を長く続けたいのなら、楽な気持ちを持って商売した方がいいんだと思います。死に物狂いで必死に商売をする毎日なんて考えたくもないですね。
燃え尽きてしまいますよね。
私もすでに何度か経験しています。先日は病院で軽いパニック障害だって診断を受けました。それだけストレスが溜まっているということなんでしょうね。長い目でみると、少しくらい気を抜くじゃないですけど、そういう必要があると思います。毎日のように頑張ってしまうと、そんな自分に疲れてしまうというか。自営業をしていると、一日の結果がその日のうちに出てしまうので、どうしても数字に目がいってしまう。満足がいかない数字だと、それだけ喪失感に苛まれます。売り上げとは関係ないところでも、営業中にお客様がお酒を飲み交わしながら話をしたりする姿を見ていて、営業時間を終えるとお店には誰も残っていない。当たり前のことかもしれないんですが、私はそのたびに空虚感というか、虚しさを感じてしまいます。それを毎日のように繰り返していると、何とも言えない気持ちになってくるんですよ。今でも大変なのに、それを毎日死ぬ気で頑張るなんて到底無理です。いくら商売が繁盛したとしても、そんな生き方は嫌ですね。私にとって良くないだけじゃなく、それは私の家族にとっても良くないことだと思います。もっと言ってしまえば、お客様にとっても良くないですね。私が疲れ果ててしまったら、心を込めた接客なんて絶対に出来ませんから。他のお店の方がどう考えているのかは分かりませんが、ソチョンのお店からちょっとした余裕を感じるのには、こんな理由もあるんじゃないかと思います。
スペインのバルセロナ、そしてソウルのソチョンで生活されましたが、なにか共通点はありますか。
共通点は余裕と個人主義です。自分の在り方を大切にしている方が多いです。
少し不思議ですね。もともとそういう考えを持っている方が集まってくるんでしょうか。それともソチョンという町自体が…
集まってくるんだと思います。理由は私にもよく分かりませんが。町の雰囲気なのか、それとも高層ビル一つないような町だから味わえる余裕のようなものが影響して…?私はアパートの団地なんかに行くと驚いてしまうような人なんです。「うわっ、高い」ってなります。ここから近いソデムン(西大門)にしても、高いアパートがたくさんありますよね。アパートが建ち始めるようになった当初から残念だと思っていました。その場所にはすごく素敵な赤レンガの一軒家が立ち並んでいたんですけど、全て取り壊されてしまいました。やっぱり、高層ビルが無い町が与えてくれる余裕なんでしょうかね。
最近面白いことを聞きました。ヨーロッパに留学経験を持つ方々はソチョンに、アメリカに留学経験を持つ方々は都市に集まる傾向があるらしいんです。
アメリカはやっぱりカンナム(江南)ですよ。
過去に一度「ゴミス」を訪れたことがあります。当時、日中の時間を利用してスペイン語の授業を行ったり、カフェを運営したり様々な活動をされていてことが印象に残っています。現在は夜だけの営業となっていますが、なにか事情があるのでしょうか。
そういうわけではないです。最初はチェブドン(体府洞)のハノク(韓屋)にお店を構えていたんですけど、今よりも営業時間が短かったんですよね。5時間ぐらいかな。そこから今の場所に移って来たんですけど、元々ここはカフェがあったところでした。元々カフェだった場所だし、どうせ自分は昼間からお店にいるしっていうのもあって、コーヒーでも売ってみようかな?という軽いノリでカフェを始めました。そのとき一緒に働いていた友達がコーヒーに詳しかったというのも理由の一つです。外を見てもらってもいいですか?この辺りだけで10ヵ所以上のカフェがあります。競争がとても激しかったです。それに「ゴミス」とカフェの釣り合いが取れていませんでした。カフェやコーヒーではなく、ランチとお酒だったら上手くいっていたかもなとも思うんですけど、朝から働くのは嫌なんですよね。
スペイン語の授業は一時中断している状態です。スペイン人の方が授業をしていたんですが、その方が急遽帰国されることになったので。韓国人の方も授業していたんですけど、他の所に移られました。この集まり自体はまだ残っています。もう3年になるのかな。「ゴミス」としてもスペイン語の授業は続けていきたいと考えていて、今年の秋には再開できるように準備をしています。10月頃にはワインクラスも計画しています。プクチョン(北村)のお店では既に行っているので、ここでも一度やりたいなと思っています。まだできるかどうかは分かりませんが、フラメンコの公演も企画しているんです。昔から興味があった公演が二つあったんですけど、一つ目がフラメンコで二つ目はクラシックギターでした。この二つの公演を「ゴミス」で開催したいなと思っています。スペイン関連の全てのコンテンツを味わえる場所にしていきたいですね。それが私の好きなことでもありますので、もっとたくさんの人と分かち合いたくて、準備を進めています。
面白そうですね。
楽しいですよ。でもワインクラスがある日にはみんな酔っ払って…
ワインクラスはどのような構成なんですか?
私も初めてだったんですけど、まず何本かのワインを選定します。ワインを紹介しながらテイスティングしていきます。軽いおつまみなんかも準備してあります。ワイン業者の社長さんが凄く意欲的な方で、プクチョンのクラスでは10本以上のワインを準備してきたこともありました。10人の方が出席されたんですけど、みんな酔っ払ってしまいましたね。ワインといっても色々な種類があって、それをちゃんぽんしたので…たった二時間で10本も開けていますから、もう酔わざるを得ない状況というか。仲良く肩を組んでみなさん二次会に行かれましたが、私は抜けました(笑) とにかく、スペインのワインはフランスやイタリアのワインより知名度が低いものが多いんですけど、お店で扱っているワインを中心にクラスのワインを選定していました。お店で一度飲んでみてください。
「ゴミス」をオープンしてから現在に至るまで、変わることなく縁を繋いできた常連さんもいるかと思います。
もちろんです。オープン当初から来られているカップルもいます。まだ結婚してなくて、今もカップルのままです。本当にたくさんの方に来ていただいているんですけど、常連という基準がすごく曖昧というか。お客様の立場からすると、年に一度来る方も月に何度も来る方も常連だと思われています。ほとんどの方がそうだと思います。チェブドンにいた頃から来られているカップルのお客様は絶対に忘れられないですね。途中から来なくなったカップルもいました。なんで来なくなったのかなって思っていたんですけど、しばらくしてから男の方が一人で来られて「別れたんですけど、これからも一人で来ます」って言ってましたね。
あははは(笑)
ブラインドデートをされる方も多いですね。理由は分かりません。個人的にはもっと静かな雰囲気で、客席との間もゆったりしたお店の方がいいと思うんですけど。予約も受け付けていないんですが、無理にお願いしてくるお客さんもいます。ブラインドデートの約束があるので、なんとかなりませんかって。
職業柄なんだと思うんですけど、すれ違う人に見覚えがある場合ほぼ100%の確率でお店に来られた方なんです。生存戦略とでも言えばいいんですかね。別に常連の方が来られたからといって「お久しぶりですね」って感じで一緒に飲み交わすなんてことはしません。過度の親切は良くないと思っています。お店に来られた際に軽く挨拶して、顔を覚えているってことをさり気なくアピールするだけでいいと思います。これもどこかで聞いた話なんですけどね。あっ、ペク・ジョンウォンさんでした。
面白いんですよ。スペインにいた頃にガウディツアーのガイドをしていたことがあって、毎日違う方に出会えることがとても楽しかったんです。明日はまた別の人に会うわけですから。ここも同じなんですよね。「どんなお客さんが来るんだろう」という期待があります。人との出会いが好きなのかもしれません。アルバイトの面接なんかも、短くても30分から1時間は話します。一緒に働く人なんだから、当たり前のことだと思っています。でも他の人には「長すぎますよ」とか、「出勤してから話せばいいじゃないですか」ってよく言われます。でも私としては「もっと知りたくないの?」、「たったの10分や20分でその人の何を見ればいいの?」って疑問に思ってしまう。どういう人間なのかを知るには外見だけではなく、その人の言葉に耳を傾ける必要があると思うんです。そういうのを把握するためにも、長時間の面接を行うようにしています。あと、この人がどういういきさつでここに辿り着いたのかも気になりますね。だって不思議じゃないですか。ここで働くためという目的一つで、顔も知らない人に出会っているわけですから。面白いですよね。残念なこともあります。たまに出現するモンスターカスタマーの存在です。泥酔状態のおじさんが「焼酎持ってこい!」って叫んだりするんですよ。もちろんため口の方には、お店から出て行ってもらっています。
大変ですよね。
そんな頻繁にあることではないので。年に一度あるかないかです。でも、私の顔を見た途端に黙り込むんですよね。今日はもう店じまいなのでお帰りいただけますかって親切に話すと、すぐに出て行かれます。
ソチョンで仲良くされている他のお店はありますか?
何軒かありますね。「カモンファイブ」と「カラバンフライ」とかですかね。「ゴミス」とほぼ同じ頃にオープンしたお店で、今も仲良くさせていただいています。他のお店もあったんですが、今はもうなくなってしまいました。仲が良いという基準が、たまに会って話したりするということであればこの二軒ですね。他のお店とは特に交流もありませんし、会う時間もありません。それに新しく出来たお店に対して先入観のようなものもあります。入れ替わりが激しい町なので、すぐになくなるんじゃないかって思ってしまいます。仲良くしたいなって思っていたお店も、いつの間にか消えているんですよね。
午後6時半から12時までお店を営業されていますが、日々の日課を円グラフで描いていただけますか。
店じまいをして、12時過ぎに家に着きます。いつも夜中の2時ぐらいに寝ているんですけど、子供を保育園に見送らないといけないので7時半には起きています。朝の見送りが終わるのが8時半頃で、それからはテニス場に行っています。テニスを打ち終えるのが10時頃ですね。12時までに外出の準備を済ませ、市場に向かいます。材料や必要なものを購入して、プクチョンとソチョンのお店に届けます。プクチョンは3時、ソチョンは6時半から営業していますので、(円グラフを書きながら)ここからここまでは準備時間。残りのこの部分が営業時間になりますね。
午後の遅い時間からオープンされていますが、夕方のソチョンの風景について語っていただけますか?
私が見る風景は毎日同じです。ここからあそこまでというフレームが決まっているというか。ソチョンの風景かぁ…ソチョンで一番好きな時間は、ちょうど今みたいな天気の日に店じまいをしてから、お店の前でビールを飲む瞬間ですね。人も全然いなくて、車の音すらしない静けさが漂っているあの瞬間がたまらなく好きです。
昼間にお店で準備していると、観光に来られたおばさん方が行き来されています。午後になると女子高生が学校を終えて下校しています。もう少し時間が過ぎるとバスが人で一杯になりますね。会社終わりのサラリーマンでごった返しです。それ以外の時間はお店に籠りっきりなので、見る機会がありません。会社勤めをされている方々の顔を見るとみんな無表情なんです。それが印象的でしたね。色々と考えさせられることもあります。どうやってあんな生活を続けているんだろうとか、何がそうさせるんだろうとか。別に「私みたいに生きろ」ってことではないんです。私自身も常にどうしてこんな生活をしているんだろう、何が私をそうさせるんだろうって思っている人間なので。
一日の締めくくりにふさわしい「ゴミス」ならではのお勧めの一品やお酒はありますか?
お酒はやっぱりビールなんじゃないかなと思います。ビール一杯がもたらす爽快感やのどごしは他のお酒では味わえないですし、お財布にも優しい(笑) 300㎖、500㎖の缶ビール一本でもいいんですよ。日常に余裕を与えてくれるというか、冷たいビールが喉を通ると嫌なことも忘れられます。ビールにはそういう魅力があると思うので、やっぱりビールかな。お店にもスペインビールの銘柄をたくさん揃えています。ワインもいいんですけど、やっぱりビールの方が飲んでいて気持ちいいというか、ワインを飲むのはどうしても敷居が高い感じがするんですよね。お店に入られた途端「ビール一杯」って注文される方は多いんですが、グラスワインを注文される方は今のところ一人もいません。
プクチョンの方のお店には外国人のお客さんがよく来られるので、ワインを注文されることもあるのかなとは思うんですけど、今のところはいませんね。ですが、閉店間際に訪れたお客さんがビールを注文されることはあります。日常の中で本当にたくさんのことが起こり得るし、起こらないかもしれないんですが、外出してどこかの場所にいること自体ストレスがあると思います。私もお店に出ると常に緊張しています。その場の緊張感は家に近づくほどに薄れていくので、家に帰る前に呑むビール一杯で心も体も休まるかと思います。「明日はきっと良い一日になりますよ」なんて洒落たことは言えませんが、少なくとも今日の疲れを少しは癒していただけるかなと…
「ゴミス」にしかない、こだわりのメニューはありますか?
人気メニューの一つにピンチョスというのがあります。簡単に言うとスペイン式のフィンガーフードで、薄切りパンの上にいろんな食材をのせたものです。「ゴミス」で特に人気なのは、アボカドの上に生ハムを乗せたピンチョスです。それ以外では、最近流行っているガンバス・アル・アヒージョとかですかね。うちでは「御膳」って呼んでいるんです。あっ、「御膳」じゃなくて「定食」でした。「ゴミス定食ください」って言うと、すぐに聞き取ってオーダーが入ります。
「ゴミス」の料理に関する質問です。お店としてはやっぱり本場の味にこだわっているのでしょうか?それとも韓国人の口に合わせたスペイン料理を作ろうとしているのでしょうか?
あえて言うならどっちもですね。本場の味を伝えるためのメニューは全部なくなりました。最初の頃は本場の味にこだわっていたんですけど、お店の運営にもかなり支障がでました。とにかくしょっぱいんです。それに食べたことのない未知の味なので、お客さんも誰一人として挑戦しようとしません。食べたことのない料理を食べようとはしないんですよね。そういった理由から消えていったメニューがいくつもあります。現在提供しているメニューも、塩加減を薄くするなど若干の工夫を加えています。でも現地の料理とほぼ同じです。生き残ったメニューはスペインでも大衆的な料理であることが多いですね。個性のある郷土料理なんかは反応が良くないので、時には妥協する必要もあります。最初はもちろん反対していました。「本場の味も知らないくせに」って思ったこともありましたが、すぐに考え方を改めました。現地で食べたことがあろうがなかろうが、本場の味であろうがなかろうが、お客様の口に合わないことはあるんです。自分が好きな料理だけを提供するなんて飲食店には出来ませんし、するべきじゃないと思います。だからといって、お客様が食べたがる料理ばかりを提供するわけでもなくて、例えば「ゴミス」のメニューにはパエリアがありません。スペインの代表料理なんですけど、うちではやっていません。私があまり好きじゃないってこともあります。おいしいと思えないんですよね。調理に時間がかかるので、ご飯もののメニューも提供していません。
余談になるんですが、お店にスペイン人の方が来られたこともありますか?お食事の後に、お話されたりしたこともありますか?
ありますよ。何回もありました。カフェを運営していた頃にもいましたね。スペインにはカラヒージョというコーヒーがあって、エスプレッソにコニャックを入れて飲みます。熱いエスプレッソにコニャックを入れるわけですから、香りの広がりがすごくて、一杯飲むとめまいがします。ところがある日、アルゼンチンのお客さんがいらして「冷たいカラヒージョはないんですか?」って聞いてきて、「冷たいカラヒージョなんて元々ないですよ」って言ったら、アルゼンチンでは氷を入れて飲むそうなんです。その方に飲み方や作り方を教わって、メニューにも入れました。あと、スペイン人の方は料理に対してあまり語らないですね。きっと毎日のように食べていたからなんだと思います。自分が食べていた料理とは味が違うこともあると思うんですけど、それでもなにも言ってきません。でもたしかに他の外国の方はすごく褒め上手で、料理が出た途端に感動するしリアクションも… 料理を出したその瞬間に私の方を向くんですよ。よく聞くセリフは「おいしかった」や「ファンタスティック」の二つなんですけど、あまりに聞きすぎたせいか、本心なのか疑っちゃったりもするんですよね(笑) 今では何とも思わなくなりましたけど。それに比べると、スペイン人の方は「ごちそうさまでした」くらいですかね?料理のアドバイスをもらったお客さんは、さっき話したアルゼンチンの方だけでした 。
次の質問です。ソチョンは常に変化していますが、これついてどう思われますか?
二時間話しても足りないかも。私はとにかく良くないと思っています。変わること自体は別にいいんですけど、変化の速度が速すぎるんです。それに、変化をもたらそうとしている人々の意図が気に入らない。私も引っ越してきた人間なので、町が変化し人々が入れ替わることは自然なことだと思っています。でも、新しく来られる方々がみんなそういうわけではないんですけど、権利金目当てでお店を始めようとしている人が多いんです。ソチョンで商売させてもらっている立場としては、どうも気に入らないというか。オクイン(玉仁)道の方を歩くと、空きテナントがたくさんあります。少し散らかってる印象というか、町の雰囲気を濁してると思います。やっぱり良くないですよね。ソチョンでずっと商売する気があるならまだしも、その正反対なわけですから。私も含めて、すでにソチョンでお店を構えている方々の立場から見ると、いい方向に変化しているとは思えません。
ソチョンが今後、こんな姿になっていってほしいという希望のようなものはありますか?
少し矛盾した話かもしれませんが、もっと住宅街として残って欲しいと思っています。商売されている方がよく「お客も減って、ここも終わりだ」みたいなことを言ってたりするんですけど、地元の方々からすると今の状態が元々のソチョンの姿なんです。ここ数年の間に急速に人が増えただけで、元の状態に戻りつつあるんだと思います。私もここに来てもう7年になりますが、今がちょうどいいなと思っています。お店の数はまだ少し多い気もしますけど、地元の方も利用できるようなお店が共存できる町?がちょうど今くらいの状態なんだと思います。これ以上お店がなくならないで欲しいですね。
ソチョンで二行詩(日本のあいうえお作文に似た言葉遊び)をお願いできますか。
少し考える時間を…
準備ができたら教えてください。
「ソウルエソジェイル(ソウルで一番)、チョンスロウンドンネ(田舎臭い町)」田舎臭いっていうのは時代遅れだとか、トレンドに乗り遅れているという意味ではなく、古き良き街だってこと。私の同年代の方々が幼い頃住んでいた町の懐かしさ、トレンディドラマのようなノスタルジア。のようなものがいつまでも残っている町であってほしいです。高い建物が増えていくのもごめんです。
INTERVIEW DATE / 2019. 09. 11
INTERVIEWEE / Calle de Gomis
INTERVIEWER / Won, Wan
文|西村遊戯 写真|西村遊戯
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